住宅を建築するとき、部屋の広さは図面に記載されていますが、その単位は「㎜」と書かれていることが殆んどでしょう。
一方、不動産広告では、土地は「坪」、各部屋の広さを表すときは「帖」と記載しています。
しかし、現場の大工さんは、畳などのサイズを「1間」や「1尺」いう言葉で呼んでいませんか?
同じサイズのものでも、工程により様々な呼び方があるので、その背景を調べてみました。
建築物の設計図面に「1間」や「1尺」のサイズは使わない
建築物の設計をする場合、各種申請書類や契約書類に設計図面の添付が必要です。
その図面は、一般的には設計ソフトを使用して作成しますが、壁の高さ、窓や扉の位置もかなり精巧に描かれているものです。
設計図面には各建具のサイズも表示しますが、基本的に「メートル法」という10進法による単位(ミリメートル)を使用して描きます。
まれに図面により単位が記載されていない場合も、基本は「ミリメートル」と考えてよいでしょう。
しかし、現場の大工さんは、「ミリメートル」で描かれた図面を見ながらも、言葉では「半間」や「1間」という単位で呼んだり、「尺」や「寸」という言葉も使用しています。
これらは、「尺貫法」という単位で、古くからの日本の建築サイズを表すものです。
現在は、メートル法の普及により法律上、昭和34年(1959年)から廃止されています。
しかし、建築業界では今でもこの「尺貫法」が根付いていて、日本家屋を建てる際は、尺や寸を基準とした「曲尺」という尺目盛りのスケールも用いています。
「1坪」「1尺」「1間」のサイズをメートル法で比較
「尺貫法」で使用している「1坪」「1尺」「1寸」「1間」を、「メートル法」のサイズで比較してみたいと思います。
・「坪」
広さを表す単位ですが、1坪を㎡に置き換えると約3.3㎡です。
土地の広さを調査する業務では「㎡」よりも「坪」が使われ、売買する場合は、坪単価を基準に比較されます。
・「尺」
長さの単位で、1尺は約30.3㎝です。
ほぼ大人の肘から手首までの長さと覚えておくと良いでしょう。
・「寸」
「尺」より小さな単位で、1寸は、3.0303㎝です。
つまり、1尺は10寸となりますから、絵本に出てくる「一寸法師」のサイズが想像できるのではないでしょうか。
・「間(ま、けん)」
「間」は、長さの単位で、1間は約1.82m(6尺)が基本となり、ちょうど畳の長辺程度の長さになります。
そして、1坪というのは、1間×1間のサイズを表していて、畳の大きさ2枚分です。
しかし、この畳のサイズは、時代や居住空間の広さに合わせて近年変わって来ており、本来なら長辺6尺のはずですが、5.8尺としているものがあります。
そのため、同じ6畳といっても、実際の面積は大きく違ってきますので、注意が必要です。
畳のサイズが地方により違う理由
日本は長く和室文化が続いてきたので、畳の枚数をいわれると、おおよその部屋のサイズがわかります。
しかし、地域や建築物により様々な仕様があり、それぞれ畳のサイズが異なっています。
その理由は何なのでしょうか。
それは、家の建て方にあるといわれています。
畳の発祥は京都ですが、京都で家を建てる場合には、まず畳を並べてから柱を立て、家を作っていました。
この建築法から生まれた畳サイズが「京間」です。
一方、関東では効率化の観点から、まず家を建て、それから柱と柱の間に畳を敷く方法を採用しました。
そのため、柱の太さの分だけ畳が小さくなり、これを「江戸間」と呼ぶようになったのです。
「京間」の和室は、広々として厳かなイメージですが、「江戸間」の建築法で作った和室はは、なんだか狭く感じます。
不動産売買広告に書かれている居室6帖を、京間サイズで考えていると、家具が置けなくなるので注意が必要です。
そのため、「不動産広告を規制する不動産の表示に関する公正競争規約(表示規約)」では、部屋の広さを畳数で表示する場合、畳1枚(1間)あたりの広さは、1.62㎡(各室の壁心面積を畳数で除した数値)以上と定められています。
1間が6尺サイズなのは、徳川家康の思惑が!?
1間のサイズは、明治時代に「尺貫法」で6尺と定められましたが、それまでは地域や時代によって違っていたといわれています。
それは、戦国時代に、それぞれの武将が自らの力や権利を利用して領地を細かく計測し、作物の収穫量に応じて年貢を納めさせていたことに影響しているようです。
織田信長の時代は、1間を6尺5寸として広さを計っていました。
豊臣秀吉は、「太閤検地」を実施して、全国の農地を直接検地した際、1間を6尺3寸と定めています。
そして、徳川家康は、さらに年貢米を多く徴収するため、1間を6尺と定めて検地させたといわれています。
土地の一辺を短くすれば、たくさんの畑に分割できるため、年貢という収益をたくさん回収できるという考え方です。
現在でいうマンションのオーナーと同じですね。
決まった面積の敷地をいかに活用し、収益を得るかという考え方です。
マンションの部屋数を増やせば住む人数が増えるから、家賃収入が増えるという考え方と同じなのです。
西日本より東日本の和室サイズはコンパクト
畳を敷いた部屋を和室と呼びますが、この和室のサイズは、西日本より東日本の方が小さいものが多いのはご存知ですか?
これは畳1間のサイズが歴史の歩みと共に小さく変化してきたことによるもので、江戸時代に作ったサイズの和室が「江戸間」と呼ばれ、現在も東日本で多く使われています。
一方、織田信長、豊臣秀吉の時代の中心は京都でした。
そのため、西日本の和室は「京間」と呼ばれています。
部屋のサイズを比べてみると、次のようになります。
・江戸間(関東間)
畳1枚は、1760㎜×880㎜
6畳間は、3520㎜×2640㎜
・京間(本間)
畳1枚は、1910㎜×955㎜
6畳間は、3820㎜×2866㎜
そして、近年ではあまり見なくなりましたが、「団地間」というものがありました。
・団地間
畳1枚は、1700㎜×850㎜
6畳間は、3400㎜×2550㎜
限られた面積に住宅の個数を優先して建てられた団地向けのもので、江戸間よりも更に小さいサイズで作った和室です。
このように、畳1間のサイズは、時代と共に今もなお変化しています。
デザイナーズマンションの場合は、設計士の感覚でサイズを好きなように変えてしまうので、基準はないといえるでしょう。
不動産広告にある部屋のサイズを「畳」でなく「帖」とする理由
畳のサイズである「1間」は、歴史を遡ると、長さそのものでした。
そして、次第に課税を目的とした租税計算のため、土地の測量時に「間」が単位として用いられるようになったのです。
それが、農地の測量などに使用されるようになっていき、明治24年に「1間=6尺」と決められました。
1875年(明治8年)、国際単位としてメートルが使われるようになってから、不動産業界では「1畳=1.62㎡」として計算することになっています。
しかし、近年では畳を使う部屋はベッドが置けない等の理由から減っています。
古い部屋をリフォームしても、ほとんどがフローリングの洋間に変えてしまうのです。
新築物件では初めから和室を作らない家もあります。
日本人の体に染み付いた和室文化消えてしまうのは寂しく感じます。
しかしなかには少しでも畳をと希望される方もおり、その場合は「置き畳」または、3畳程度の和室コーナーを作ることが多いようです。
また、洋室が主流となった頃から、不動産売買広告に部屋の広さを載せる場所は、「畳」ではなく「帖」の文字を使うようになってきたともいわれています。
部屋の広さは不動産の広告だけではわからない
住宅の建築において、同じサイズのものでも、設計、販売、現場等の作業工程で呼び方が変わるものがあり、「1間」という同じ呼び方でも、地域と時代の影響で異なるサイズになっています。
そのため、お住まいが決まって家具を買う時などは、実際に部屋のサイズを計ることをお勧めします。