「債権」の「時効取得」とは、文字どおり「債権」という権利を時効により取得することをいいます。
一般的には債権の時効取得はないといわれるのですが、実は時効取得が認められる債権があるのです。
土地の賃借契約は、場合によっては債権の時効取得があります。
このことによるトラブルが後をたちませんので、土地の権利者などは、仕組みを理解しておくことが必要です。
「債権」とはいったいどのようなものか
一般的に「債権」の「時効取得」はないといわれますが、そもそも「債権」とは何なのでしょう。
「債権」は、ある人が、ある特定の人に対し、特定の行為を請求することを内容とする権利です。
例えば、Aさんが友人Bさんスーツを貸してほしいとお願いし、クリーニングに出すことを条件に貸してもらったとします。
この場合、スーツの所有権はあくまでも持ち主のBさんにあります。
Aさんはクリーニング代を支払うという「債務」と引き換えにスーツを貸してもらえるという「債権」を有することになるのです。
一方で、友人Bさんは、スーツを貸すという「債務」を負う代わりに、クリーニングに出していなかったら「クリーニングに出してください」といえる権利を有するのです。
人に対して行使できる権利がこの「債権」で、行為を求めるものですから、単に金銭を請求するとは限らないものなのです。
「債権」と「物権」の違い
「債権」の「時効取得」を理解するうえで、もうひとつの権利である「物権」を理解しなくてはなりません。
「物権」とは、物に対する支配権を言いますが、具体的には、所有権、占有権、地上権、永小作権、地役権、入会権(いりあいけん)、留置権、抵当権、質権、先取特権など、少し聞きなれない物もあります。
「物権」の範囲は法律で決められており、自分で作ることはできないものです。
代表的な物件は「所有権」になります。
所有権は、物を全面的に支配できる物権で、所有者は法令の制限内で所有物を自由に使用・収益・処分することができます。
例えば、Bさんがお店でスーツを買ったとします。
スーツの所有権は、お店からBさんに移ることになり、「このスーツは私の物です」と誰にでも主張できます。
「物権」は原則「一物一権主義」ですから、スーツの所有権はBさんのみにあるのです。
物権は物の直接支配を内容としますので、同一の物に同一内容の物権が重複して成立することはありません。
しかし、「債権」という権利は、1人の債務者に複数の債権者がいることもあります。
前項の例でいうと、友人Bさんからスーツを借りたAさん(債務者)は、たくさんの友人(複数の債権者)からスーツを借りる(債権を有する)ことが可能ということになります。
「時効取得」の「時効」が経過したらどうなるの?
「時効」という言葉は、刑事ドラマでよく耳にすると思いますが、「時効」には、民事上の時効と刑事上の時効があります。
刑事ドラマにあるのは刑事上の時効で、犯罪者が一定の期間捕まらずに逃れていると、その犯人を裁判に掛けることができなくなることです。
一方、民事上の「時効」は、大きく分けて2つあります。
1つは、「消滅時効」で、これは一定の期間が経過すると、その権利を主張できなくなるというものです。
そして、もう1つが「取得時効」で、他人の物または財産権や債権を一定期間継続して占有または準占有する者にその権利を与える制度です。
取得時効により権利を取得することを「時効取得」といいます。
しかし、気を付けたいのが、単に「時効」が完成しただけでは権利が消滅したり、権利を得たりすることはできないということです。
「時効」を成立させるためには「援用」が必要です。
時効の援用とは、時効の制度を利用する意思を相手に伝えることです。
「時効だから、この土地は私のものです!(取得時効)」
「時効だから、お金を貸した人が持つお金を請求する権利を消滅させます!(消滅時効)」
と主張する必要があるのです。
時効の期間が過ぎたからといって、相手の権利が消えるわけではありません。
「債権」には「時効取得」できるものとできないものがある
「債権」には、「時効取得」できるものとできないものが存在します。
例えば、海の家で使用料1,000円を支払ってビーチパラソルを借りたとします。
ビーチパラソルを1日借りたからといって、「一定期間継続的に占有し続けた」とはいえませんよね。
そのため、「時効取得」の要件を満たしていないことになります。
しかし、不動産賃借権という「債権」の場合は、「時効取得」できる場合があります。
賃借権は、賃貸借契約によって得られる借主の権利を意味します。
これは賃貸借契約に基づき不動産を一定期間占有する権利です。
そのため、一定期間の占有で「時効取得」できるとした判例が出ているのです。
例えば、Aさんが地主の代理人と称するBさん(無権原)との間で土地の賃貸借契約を締結したとします。
無権原とは「その権利の根拠となる原因がない」ということです。
その後Aさんがその土地の上に自ら建物を建てて住み、土地の使用料を毎月Bさんに支払っていたとします。
そして10年後、Aさんが継続的に土地代を支払っていた事実から、時効が完成したとみなされ、その土地を取得することを認められたという事実があります。
しかし、このように賃借権を「時効取得」するには、占有していた者が「自己のためにする意思」を持ち、「権利を行使する」(客観的にみても占有者のものとみえること)必要があります。
「債権」の「時効取得」によるトラブル
「債権」の「時効取得」が原因でトラブルになる例は、めずらしいことではありません。
特に気を付けたいのが別荘地です。
別荘地は人の出入りが少なく、監視の目が行き届かないことから、不法占拠されても気付いた時には取得時効が成立するといった例があるのです。
また、最近では一人暮らしの老人が、自宅をそのままにして老人ホームに入居した際、同じように不法占拠されたという事例も増えてきています。
「時効取得」は、所有の意思をもって平穏かつ公然と他人の物を一定期間占有した場合、土地や不動産の所有権を取得できる制度のため、権利者は注意が必要なのです。
一定期間とは、長期は20年間、短期は10年間(ただし占有開始時に善意かつ無過失であること)です。
他人の建物や土地に勝手に居座っていると、それを自分のものとして主張できるので、トラブルになってもおかしくない制度です。
また、長年放置していた土地や建物が、相続される時にすでに時効取得されており、相続人に財産を渡せないというトラブルが起きるのです。
また、次のようなケースも同様に、時効取得が適用されると考えられています。
・不動産が二重に譲渡され、先に得た人が登記を備えなかった場合
・不動産取引が自体が無効または不存在であっても一定期間占有していた場合
・土地境界線による紛争
不動産を所有している方は、気をつけていただきたいと思います。
なぜ「債権」や「物権」には「時効取得」の制度があるのか
「時効」とは、事実と実体を合致させる制度と考えて良いでしょう。
もし、「債権」や「物権」の真の権利者が自分なのに、自分以外の者の権利とされていたらどうしますか?
当然、自分の権利を主張し、正すと思います。
しかし、「時効取得」制度はその逆で、真の権利者には有無を言わせず、実態にあわせて権利を認めてしまう制度なのです。
なぜこのような制度があるのでしょう。
その理由は、次の3つといわれています。
1.法による社会秩序の維持、安定性を図るためである。
権利者が何十年も放置している土地に、権利者でない者が権利者同様に一定期間安定した事業や生活を続けている場合、それを急に奪うことは、その者だけでなく、社会秩序をも乱すことになるという考えです。
2.証明が困難な場合でも、権利を明確にできるようにするためである。
社会の秩序を守る目的のほか、一定期間続いた事実状態は、真の権利を有する状態と言っても問題ないと考えるもので、また、権利関係を証明する証拠がないことも多いため、救済措置を設けているものです。
3.権利を主張しない者は守られないという考え方である。
「権利の上に眠る者は、保護に値せず」というフレーズをご存知の方もいるでしょう。
「自分のものだ!」と主張する機会を与えられていながら、それを長期間に怠っている場合は、法律で保護するに値しないという考えがあるからです。
もし、自分の土地に他人が勝手に居座わられていたら、「時効取得」される前に、自己の権利を主張して取り返してください。
「時効取得」されないためには
「債権」は「時効取得」できないといわれていますが、土地賃借権は注意が必要です。
不法占拠は「時効取得」可能なうえ、設定した抵当権は消滅します。
もし占有されていることに気づいた場合は、内容証明郵便を利用して退去を求める方法がありますが、トラブルを避けるためには、法律のプロに相談することをおすすめします。